応用例1(利得表)

ソ連による 日本侵略とゲーム理論

 太平洋戦争末期、敗戦の色濃い日本に対し、ソ連は、「平和的手段」 「侵略的手段」、いずれでも取りうる体制にあった。当時日ソ間に、「日ソ中立条約」(1941.04.25~1946.04.24)が存在していた。
 ソ連は、より大きな利益を求め「侵略的手段」を取った ( 1945.8.8 宣戦布告 8.9零時攻撃開始 )これを「利得表」で検討してみる。

             大戦末期 日ソ間の利得表(表1)

・そもそも中立条約(不可侵条約)」とは、互いに侵略する能力のある国同士が、何らかの理由があって結ぶ
 ものである(仮友好関係ともいえる)。
・大戦末期、日本は「中立条約」を結ぶ資格のない国になっていた。
・されど条約は、順守する義務があり、協約を無視して日本を侵略することは信義に反し」 「国際法違反
 行為である。
・しかしソ連は、より大きな利益を求め「侵略的手段」を取った。
・その当時、いかにアメリカ側からの要請があろうが、「国際法」を盾に、あるいは「国内事情」を盾に、断る
 ことも可能であった。
・ソ連(ロシア)は、この侵略に対し、反省も謝罪もしていない。
・どうあれ今後「日本の教訓」は、如何なる国と「不可侵条約」「友好条約」を結ぼうとも条約存続環境】
 ついて、常に整備しておく必要性があるという教訓である。

非武装中立論

 戦後ある時期、「非武装中立論」が盛んで国民の1/3の支持を得ていた。現在、「非武装中立論」など唱える人などほとんど存在しない。
 米ソ対立時代、非武装中立論を利得表で描けば、次のようになる。

            非武装中立論の利得表(表2)

 何と「大戦末期の日ソ間の利得表」そのものである。
 社会党書記長石橋政嗣氏による【非武装中立論】という本がある。氏はそこで、「正義面で「非武装中立論」を論じておられるが、「ソ連による日本侵略(1945.8.9)」について一言も述べていない。もし「ソ連による 日本侵略」に触れれば「非武装中立論」が成立しなくなるためである。このように
 【ある重要事項一点について、見ない、触れない、語らない 主張
「ニセモノ」と断定して良いだろう。

 To be or not to be:that is a question.
 (シェイクスピア、ハムレット劇のセリフより。生きるべきか否か、(しばらく間を置き)
  それが問題だ。
 The information:to be or not to be:that is a question. 
 その情報、あるかないか、それが問題だ(上記名言のパロディ。この To be or not tu be に関するパロディはマメリカでも多くある)。

 このように「ある重要な情報が欠落」して「正義面で自己主張」している例は、他にいくつも散見されるが、それらすべて「ニセモノ」と断定して良いだろう(例えば「9条の会」である。9条は、日本占領下にあって、占領軍の手によって作られた憲法(9条)であることを完全無視している。故に占領下の日本に、「9条を文字通り実行して」何の問題もなかったのである。独立国では、9条を文字通り実行できない)


 筆者は、ノーベル賞を受賞したシェリング博士の「紛争の解決の利得表」に大変な感銘を受け、それを日本に応用した第1号が前記「表1」「表2」であった。
 以後その応用範囲を広げ、現在に至っている。

戦後日本 国家戦略

戦後日本独立(1951)以降、日米同盟(自衛隊+日米安保条約)が「国家政策」であった。
 これに関して、「左翼反日」派および「敗戦国根性でもの見る人達」からの批判を受け続けてきた。
 これに関し、ゲーム理論利得表で検討してみよう。  

米ソ対立時代 「自衛隊+日米安保条約」日米同盟

   利 得 表

米ソ対立時代、この利得表の下では、双方「平和的手段」を取るしか方法がなかった。事実、この日米同盟(自衛隊+日米安保条約)という国家戦略で米ソ対立時代、日本は平和と繁栄を確保してきた。

「検討」
 なお「日本独立(1951)」時点では、日米間の経済的、軍事的実力があまりにも隔絶していた。そして「旧 日米安保条約」も存在し、それは「形だけの独立」であったけれど、「ゲーム理論」的に考えれば、一歩前進であり、仕方ないことと思われる。
 当然、日本が経済的、軍事的に実力を付けてきた段階で、「旧 日米安保条約」を改正するのは自然の流れである(何故、日米安保条約改正に当時の若者(現在の老人)が「安保反対!」と絶叫したのだろうか?)。 ただしまだ対等の「日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約)」とは言えない。
 対等の「日米安保条約」とは、日本が「相互防衛義務」を担ったとき、始めて「対等の日米安保条約」と言える。
 そのサンプルは、「日露戦争」前の「日英同盟条約」にある。
 当時、「世界に冠たる大英帝国」が「極東の小国日本」と「対等の同盟条約」を締結したのである。

 それは「地政学」を根拠にし「相互防衛義務」が存在したからである(大英帝国が、日本に一目置かねばならない状況が実現したのである)。
 当然、日米間で「相互防衛義務」が存在すれば、軍事的にいかに差があろうが「対等の同盟条約」が締結できる(米国が、日本に一目置かねばならない状況が実現する)。
 プラスのみを求め、マイナスを嫌がれば、「正常な国家判断」はできない。
 これが「ゲーム理論」である。
 如何でしょうか。