決断ーなぜ日本は開戦したか


 これは、拙著「応用ゲーム理論の結論」の中の「ある章」そのものである。
 本書は、絶版になって見ることが出来ないので、ここに掲示する。
 本書は、筆者の初期の作品で、今見れば修正したい個所も多々あるが、「ゲーム理論」を基礎としているので、今見ても大きな誤りはないと確信を持てる。
 皆様方も、将来の日本の国家戦略を版参するとき、参考にして頂きたいと願う。

 昭和16年(1941)12月8日、日本の真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まった。
 「なぜ日本は、真珠湾を攻撃したのか?」、この問に対して現在何パーセント日本人が、明確に説明できるだろうか?
 「リメンバー パールハーバー!(真珠湾を忘れるな!)」は、当時アメリカの合言葉である。それは、「日本が悪い国だから真珠湾を攻撃したのだ。だから報復せよ。」という意味だろうが、いくら日本が(仮に)悪い国でも、アメリカを侵略するため真珠湾を攻撃する程、そこまで日本は悪い国でもバカな国でもない。
 ならばなぜ日本は、なぜ真珠湾を攻撃したのだろうか?
 当時の指導者は、アメリカに勝てる、あるいはアメリカを侵略できるなどと考えたのだろうか?
 まさか当時の指導者は、日本国民を悲惨な状態にし、自分自身が絞首刑になりたくて、真珠湾を攻撃したのではあるまい。
 戦後教育のため、日本人でありながら、「日本が悪の国」だから、アメリカを攻撃したと認識している日本人がかなりいるようだ。
 事実、「日本が悪の国」で「日本以外の国が善の国」あると書いてある書物は、教科書を始め市場に氾濫している。しかしそうキメツケている本で「なぜ日本のみが悪の国」になったのか、解説している書物を私は知らない。
 応用ゲーム理論では、よほどのことがない限り、「~は悪だ!」と最初から定義しないのが原則である。
 故に善・悪はキメツケず、すなわち「ノン理念」(特定の理念や思想に捕われない常識的な考え方)で白紙的な分析・検討から入っていく、これが応用ゲーム理論の第一歩である。

 

日米開戦前の状況

 それでは、日米開戦前の日・米の関係を簡単に記述してみよう。
1.開国以来日本が目指したものは、世界の一等国であり、武士国家、いわゆる富国強兵策である。
  モデルは、日本と地理的条件が似ており第一の友好国イギリスであった。
2.そのため海外に多くの植民地を持つ。それを実現するために強大な軍事力が必要であった。
  それがある時期、先進国のすべてが目指した国家方針であった。日本も例外ではない。
3.一方では、アメリカから絹製品その他を買ってもらうことが、重要な外貨獲得の手段であり、
  日本がアメリカを敵にする理由は何もなかった。
4.世界はすでに植民地拡大時代の終息期にありながら、日本だけが植民地拡大に大成功するため、
  諸外国の反発が激しくなってきた。すなわち、アメリカはハワイを自国領とし、フィリッピンを
  植民地としたが、日本は台湾・朝鮮を自国領とし、満州国を半支配下に置くなど獲物の大きさが
  まるで違っていた。なお当時台湾・朝鮮を日本の自国領とした段階で、日本を非難した国はない。
  当時はそれが当然であり、まだそんな時代でもあった。
5.日本自身も植民地拡大時代の終息期を自覚させられる、中国と日本との現地紛争はエスカレートし、  泥沼化の様相を呈するようになった。そこでアメリカは、中国を支援した。

日米交渉(昭和16年4月、1941)

 この日米間の現状を打破するため、昭和16年4月から日米交渉が始まった。
 この日米交渉がなかなか進展せず、途中アメリカは日本に対する制裁処置として「石油禁輸」(S.16.7)という強硬手段を取ってきた。
 この「石油禁輸」という手段ほど強烈なものはない。一滴の石油も輸入できないのである。
 当時の日本でも石油なしでは、日本国がどうなるのか想像してもらいたい。「石油の一滴は、血の一滴」当時の標語である。それくらい日本には、大打撃だったのである。
 石油だけではない。鉄その他も禁輸なのである。そしてもう一つ我が国の主要輸出品である絹製品を買ってくれないのである。これで国家・国民が生きていけるのだろうか?
 そして8ヶ月わたる日米交渉の最終段階で日本へ渡された書簡が、俗に言う「ハル・ノート」(S16.11.26)である。(資料-2 参照)
 その内容を見た日本政府の高官達は、吃驚(びっくり)仰天した。
 その内容は、今までの日米交渉の中に含まれていないものが、大部分だったのである。
 特に驚いたのが、「3.日本国政府ハ支那及印度支那ヨリ一切ノ陸、海、空軍兵力及警察力ヲ撤収スベシ。」である。
 これは当時の国際状況を十分に理解しなければ、その意味は理解できないことであるが、これで当時の政府高官たちは、もうアメリカは日米交渉など続ける意志がなく、受入不可能な最後通牒を突き付けたと判断したのである。
 当時の内閣総理大臣は意外と権限がなく、中国大陸から総ての軍隊を撤収する命令など発することも出来ないし、陸軍大臣・海軍大臣もそんな命令を発し、実行することなど不可能であった。
 アメリカは、日本からの宣戦布告を期待したのだろうか?
 そのとおりである。アメリカは欧州戦線に参戦したかったのである。
 アメリカが侵略者だからではない。当時イギリスは、ドイツのロンドン空襲で、壊滅寸前状態にあった。そのイギリスを救うために、参戦したかったのである。政治家レベルではそう考えても、当時のアメリカ世論は、それを許さなかった。
 大統領自身も参戦しないことを公約に当選したのである。
 アメリカから先に日本を攻撃する訳に行かない。
 だからアメリカは、受入不可能な要求を突きつけ、日本からの第一撃を期待したのである。そしてハル長官自身も語っている。
 「外交の面における日本との交渉は、事実上終わりを告げた。いまや問題は陸海軍当事者の手に移された」

 なお「ハル・ノート」は、あまりの内容である故、国民には秘密にされた。アメリカも同様である。
 日本では、「アメリカとの開戦は避けるべきだ」そんな事位は、当時の政府高官なら誰でも持っている認識である。しかし「『ハル・ノート』を受入れるべきだ」という発言は、誰も出来なかったという、当時の高官の証言もある。
 如何なる優秀な政治家が首相になろうが「ハル・ノート」を受入れる機能は、日本には存在しなかった。
 勿論もう再交渉の段階ではない、と言うよりは「ハル・ノート」そのものが、再交渉を拒否し、日本が受入か受入拒否(宣戦布告、こちらの希望の方が強い)を期待しているのである。
 更に「石油禁輸」が、一日一日、日本の首を絞めている。
 「ハル・ノート」受入か受入拒否か二つに一つの選択を日本に迫ったのである。

「ハル・ノート」受入か受入拒否(戦争)か?

その「ハル・ノート」を突付けられた日本の状況を利得表で書いてみよう。それも超要約したほうが分かり易い。
表3-1 「ハル・ノート」を突付けられた日本の利得表

 この利得表の特徴は、どちらを選択しても(その内容はまったく異なるが)「日本:×××」である。
 上記表を更に理解するために、少し極端だが、強者対弱者の例から「決断-なぜ日本は開戦したか?」を考えてみたい。

※ 極端な強者対弱者の行動

 「金を出せ!さもなくば一発ぶっ放すぞ!」とピストルで脅す男、脅された男、すなわち極端な強者対弱者の例を考えてみよう。
 そしてその表を書いてみる。

表3-2 ピストルで脅した強者対弱者の利得表

注:この状態では、命が安全であることが、非常に重要なことなので、
  命:○ と表現した。

 強者は、ピストルを向け、金を出さなければ 「命:×…×」だから、金を出す方「金:×、命:○」を選択しなさいと強要しているのである。
 通常は、命が惜しいから金を出す方を選択する。
 弱者にも第3の選択「抵抗」もあるが、それはほぼ「命を出す」選択に等しい。「金を出す」選択が出来なくて、「抵抗」を試み「命を出す」結果になってしまった弱者の事例は、数多くあるだろう。
 なお強者は、ピストルを向けることにより、弱者に「金を出す」「金を出さない」の二つの選択だけに限定してしまっているのである。
 すなわち「変なマネをするとタダでは済まないぞ!」といって、「第3の選択」を封じているのである。
 しかし、弱者も強者に隙があれば、「第3の選択」を模索する。
これも表で考えてみよう。

ピストルで脅された弱者の行動(思考)

 まず通常考えられる選択は、これ位であろうか?
 この利得表を参考にして、この節の目的である「決断-なぜ日本は開戦したか?」について考えてみよう。

※ 決断前の日本の選択

決断前の日本の利得表

 「ハル・ノート」については、先に述べたとおりであるが、ここでアメリカは、「ハル・ノートの受入」のみを要求しているのである。
 ただし表面的にはそうであるが、日本が「ハル・ノート受入不可能」位はアメリカも読んでいる。石油禁輸を背景に「日本が何らかの抵抗」を期待していたのである。故に前記ハル長官の発言になったのである。
 それに対する日本の選択を表にまとめて見よう。
 表にすると、ゴマカシが効かないのである。それがこの応用ゲーム理論の特徴でもある。

表3-4 「ハル・ノート」対する日本の選択

この段階ではもはや戦争以外、有効な解決手段はない。
アメリカといえどもいきなり「石油禁輸」「ハル・ノート」を突き付ける訳はない。日本にも突き付けられるだけの状況が有ったことも事実である。これ以前に、日本は、そしてアメリカも、国家戦略を誤ったのである。これが最大の教訓である。

日米最大の教訓:
日本は、そしてアメリカも、国家戦略を誤ったのである。

 この段階では、どうしようもない。
 どうあれ日本も「ハル・ノート」を選択できなくて、「抵抗」を試みたが、その「抵抗」が成功することは万に一つもあり得ない。(万に一つ位の成功の可能性があるかもしれない。)
 当時の国民、軍人、マスコミは、政府の弱腰を叩き、「米国何するものぞ」「戦争も辞さじ」と戦争機運は盛り上がっていた。当時の出版物が、それを物語っている。これはイラク戦争前のイラクおよび北朝鮮の現在を見ればはっきり分るだろう。これを当時の日本も同様と見れば、よいだろう。
 そして万に一つを期待する「抵抗」を有効にするため、「真珠湾」を実行せざるを得なかったのである。

※ 追詰められた者の行動

追い詰められた者の行動

 なお追詰められた者の行動は、どんな行動にでても不思議ではないのである。
 同じパターンの事例なので表は省略するが、水と食料を断たれた一家の責任者は、相手の一家に対してどんな行動に出ても不思議でないのである。
 同様のパターン事例で、「殖えすぎた動物の行動」がある。
 すなわち増えすぎた動物は、その地の一木一草まで食い尽くす。
 最早その地に止まる事は、完全な死を意味する。何があるか分からないが、ともかく移動するしか道はない。その移動行動については、時には集団自殺と同じ行動すらとるのである。
 さらにあることを言いたいので、おなじパターンの事例であるが、「脅迫された妻の行動」がある。
 何らかの理由で脅迫されている妻がいるとしよう。夫に知られることは、もっと悪い結果になると予想できる。にもかかわらず、妻は脅迫されていることが嫌で警察に届ける例である。ドラマならそこで殺人事件が発生することになる。
なお脅迫犯人は、よもや警察に届けまいと思ったのにかかわらず、唖然とする。
追詰められた主婦の行動


 主婦は、「××」より「×××」を選んだのである。
 それは脅迫されている主婦の嫌さ・痛みを脅迫犯人は分かっていないのである。アメリカは、日本の痛みをまったく理解していなかったのである。
 これらの事例は、「追詰められたものは、より悪い方を選択することもある。」これを言いたかったのである。
なお関ヶ原の合戦のその後、すなわち豊臣秀吉の子秀頼の母である「淀の方」(注)は、屈辱の下、豊臣家を細く長く生き残る道を選択できず、万一を賭けて「自殺への道」を選択したのである。
(注) もっと一般的な「淀君」はである。「淀君」とは、「淀の君」すなわち「淀の№1遊女」という意味も暗に込めた江戸時代からの呼び名で、現在に至っている。当時は「淀殿」または「淀の方」(類例:お市の方)と呼ばれていた。
追詰められた者は、より悪い方を選択することもある。

※ 決断-なぜ日本は開戦したか?

決断ーなぜ日本は開戦したか?

 ついに最後の決断のときです。
 「石油禁輸」が一日一日、日本の首を絞めている。
 今までの分析・検討の結果として、選択として残ったのは現実にはただ一つだけである。そしてその最後の決断の表を示す。

日本の決断

 当時、如何に国民から突上げられようとも、戦争を決断した東条英機首相の心中は、如何ばかりであろうか?「石油禁輸」から既に3ヶ月以上経過している。もしあなたが東条首相なら、どう責任ある決断を下しますか?


 ※ 日米交渉の教訓

日米交渉の教訓

 昭和十六年四月以来の日米交渉は、日米共にその教訓を何も学んでいない。 私は応用ゲーム理論の立場からその教訓を重視したい。

1.日本は、国家戦略を誤ってはならない。
  相手国の利益も考慮しつつ、わが国の安全と利益を確保する国家戦略を持たねばならない。
2.今後我が国は、主張すべきは主張し、妥協すべきは妥協すべきであるというのは当然な一般論である。しかし、身の程もわきまえるべきであり、決して他国から受入不可能な要求を突き付けられる様な環境を作ってはならない。
3.今後我が国は決して他国に対し、受入不可能な要求を突き付けてはならない。
4.石油その他の資源確保は、国家的大事業である。

 日本が悪だから真珠湾を攻撃したのでない。抵抗せざるを得ない状況に追いつめられて、真珠湾を攻撃したのである。
 戦後の東京裁判においてインドのパール判事は「ハル・ノート」を評して「アメリカ政府が日本国政府に送ったものと同じ通牒を受取った場合、モナコ国王、ルクセンブルグ大公国のような国でさえもアメリカに対して、武器をとって起ちあがったであろう。」と主張した。
なお私は、反米を煽(あお)り立てているのではない。身の程を知らない反米は、決して良い結果を招かない。
 もはや強者アメリカが、弱者日本に譲歩する国際環境は、完全に消滅した。このことは、日本人自身もっと自覚すべきである。(ただし、イラク戦争以後、またこの国際環境は変化した。)
 アメリカは、正義の国であり、正義の好きな国民である。ただしそれは「アメリカの正義」であり、「アメリカの正義に反する国」に対しては、「制裁」を加えるという体質を持っている。
 この体質を理解しつつ、我々日本人は、好むと好まざるに関わらず、この超大国アメリカと上手に付き合って行かねばならぬ環境にある。
 アメリカは、「石油禁輸」・「ハル・ノート」に対し、一片の反省もないし、それ以前にその認識すらない。それは日本人も、ほぼ同じであろう。それは大変残念なことだ。