疑わしきは罰せよ

 「疑わしきは罰せず」が、現在司法の大原則である。
 何故、「疑わしきは罰せず」なのか?
 それは「冤罪は絶対あってはならない」という正義感が理念の主体と思われる。
 「ゲーム理論」は、「一つの主張(理念)」に対しても、その「プラス・マイナス」を検討する。
 「疑わしきは罰せず」により、極めて疑わしくても、決定的証拠がなければ無罪である(例えば、ロス疑惑の三浦和義などがその典型的な例であろう。細部略)。
 そのため「疑わしきは罰せず」を前提にした「計画的殺人事件」に「どう対処すべきか」という問題が残る。そんな問題を全く考慮しないのが、この「疑わしきは罰せず」最大の問題点であろう。
 「疑わしきは罰せず」という大原則により、殺された人、真犯人が無罪になった事例は、数えることは出来ないけれど、かなりの数になると思われる。

「疑わしきは罰せよ」

 上記を司法の大原則とした場合、その「プラス・マイナス」はどうであろうか? 
 結果、「マイナス <<< プラス」と筆者は予測する。
 「疑わしきは罰せよ」なら、ば例えば発火器具を持ち、住宅街の暗い所で身を潜めるだけで「有罪」である。
 すなわちこれは「放火疑惑罪」により、「執行猶予」付の何年間保護観察処分を受ける。
 これなら国民全体で「疑われるような行動は、してはいけない」という自覚が必要になる。これは大多数の住民の賛同が得られると思われる。なおこの「疑わしきは罰せよ」という大原則は、「殺人事件」「放火事件」に限定するものとする。すなわち、「殺人事件」「放火事件」について、「疑われるような行動は、してはいけない」のである。その他の事例については、長くなるので割愛する。

 「小実験のすすめ」すなわち、まずこの「疑わしきは罰せよ」は司法全体でない、まず「一事件」に関し「疑わしきは罰せよ」を適用するのである。その結果を検討し、全裁判に適用すべきかどうか、検討すればよい。

状 況 証 拠

 「状況証拠の積重ね」、これこそが、「最大の証拠」である。
 「計画的殺人犯」は、「物的証拠」を残さないために最大の努力を傾注する。
  しかし、どうしても隠せないのが、「状況証拠」である。
 「状況証拠」は、本人よっても消せないし、他人によって作るのも容易でない。
 「状況証拠」だけで決定でない。そこに「犯罪統計学」が必要になる。
 「統計学」は、最高の学問である。
 「犯罪統計学」により、容疑者を犯人と「断定」した場合、その「断定」がどの程度の確率で「誤りであるか」推論できる(細部略)。
 「疑わしき行動」があった容疑者、そして「状況証拠」「犯罪統計学」による推論の誤りが、「一万分の一以下」であることが、犯人として「断定する基準」である。

コラム

疑わしき行動のあった容疑者
「状況証拠」および「犯罪統計学」上、犯人と推論(断定)してそれが誤りである確率が一万分の1以下のとき、「犯人」として罰せよ。疑わしきは罰せよ!

 これで「冤罪」なども一万分の一以下に抑えられるし、犯罪件数を大幅に少なく出来るであろう。
 罪なくして、殺される人の数を一人でも多く救えるのである。
 最終的に「被告人質問」でなく、「弁護士」対「検察官」の「何故、無罪なのか?」「何故、有罪なのか?」、「相互質問」すれば、裁判官の判断および一般大衆にも納得のいく判決が期待できるであろう。
 筆者は、弘中純一郎氏(ロス疑惑の弁護士)との「意見交換」「相互質問」を希望している。
 ただし、弘中氏は「儲からないことはやらない弁護士」であるから、これは無理と思われるが…。