政党政治改革論

国会改革案

 日本の政治形態を「議会制民主主義政治」と呼ぶようであるが、ゲーム理論研究家 井沢開理は、これを「政党政治」と呼ぶ。
 日本を含むすべての国で、「政党政治」の悪い面が出過ぎている。
 それは、独裁政治を否定し、「互いに政党が競い合い、より良い政治を目指す」それが本来の「議会制民主主義」の理想であろうが、現実はどこの国でも、国益を無視した国家戦略なき、「くだらない論争」で時間及び経費を浪費している。
 こんなことで世界(日本を含む)の「政党政治国家」の明日の運命はどうなるのであろうか?
 「ゲーム理論」は、この現実を直視し、改良案を提案する。
 

 先に「ゲーム理論の検証」で、この「HPの目的」は、「国家を一歩良くなることを願って」と書いたが、「国家を一歩良くなるため」には、良い政治が行われなくてはならない。
 「良い政治が行われるため」には、まず「ゲーム理論」から政治(国会)を評価すれば、現在の「議会制民主主義政治」の「政治機構」は、「ゲーム理論の原則から大きく外れ過ぎている」ことを指摘したい。

 そこでまず「大改革」でなく、「小改革」から述べて行きたい。
 例えば、スポーツの世界では、「審判団の権威」があってこそ、試合は円滑に行われている。
 同様に「国会が正常に運営する」ためには、まず「議長の権限を大きくする必要」がある。

 
 「主審に詰め寄る」こんな場面は、前時代のもので、もうスポーツの世界で見ることができなくなった。
 国会は、まだ「正義面第一主義」の世界のようだ。 
 国会議員は、全員「正義面」で行動している。
 ただし、その正義の方向性は千差万別である。
 主義主張・国家政策には、必ず「プラス・マイナス」がある。その」「プラス・マイナス」をバランスよく公正に評価するのが「ゲーム理論」でもある。
 
  こんな「前時代的国会」を改めるべきである。
  議長の「自分の席に戻りなさい!」という命令は、絶対的なものとする。
 そして命令に従わない議員には、「目玉が飛び出るような罰金」を課せれば良い。
 要するに議長の命令・指示に従わない者には、「レッドカード」を課せればよい。
 これだけでは、古い時代のサッカーの主審と同じになるが、現在では「ビデオ判定」を取り入れる方法がある。議長からのレッドカードを課された議員は絶対服従であるが、一方抗議もできる。「ビデオ判定」により「審判団」が最終的に判断すればよい。
 こうすれば、国会は議長の命令・指示に従い、正常に議事進行するしかないであろう(スポーツの試合同様、正々と議事進行が行われることになるであろう)。

 次いで「野党の質問」「与党の答弁」、このような「一方的質問形式」をバランス感覚を重視する「ゲーム理論」は否定せざるを得ない。
 国会は、「天下国家」「国家政策」を論ぜよ! 
 「くだらない論争」で、時間および経費を浪費すべきでない。
 「党首討論」とは、野党党首・与党党首が対等の立場で「意見交換」「相互質問」すれば、党の考え方の基本が明らかになり、問題点も浮上ってくる。
 更に「野党が与党に質問する」だけでなく、「与党が野党に質問する」「野党が野党に質問する」、更に「逆質問を許す」、こうすればダラダラした国会審議を大幅に短縮でき、野党間の政策の違いなども明確になるだろう。この案は野党が不利なだけでなく、野党独自の存在感も示せるであろう。
 現国会のシステムは、野党にとって極めて不利である。
 野党は、与党を批判する位しか、自己の存在を示す手がない、野党の主張および独自の政策を発表する場が国会にはない。政策が見えてこない。
すべての国(日本含む)で、「野党が与党の足を引っ張る(批判する)」、それしか野党の存在感を示す機会がないように見える。
政府批判だけで、政権交代を要求するような現行システムを改めるべきである。
 国家政策は「ゲーム理論」で検討して大きな誤りはない。
 過去の国会で「大きな論争があった問題」、「ゲーム理論」で検討しておれば、国家政策選択に大きな誤りはなかったであろう。
 この提案は、地方議会においても、適用できる。
 この提案は、しかるべき人が検討して頂けばよい。また記述していない部分も多々あるが質問にはお答えする。

政党政治改革論

 更に「ゲーム理論】の立場から、そして現状の政治実体からみて、現在の「政党政治機構」を否定せざるを得ない。
 そして日本を含むすべての国で、「政党政治」の悪い面が出過ぎている。
 すなわち、国家を忘れた、「野党の与党批判だけ」という悪い面が出過ぎている。
 そこには、「国家利益」という観点を無視した、「党利党略」が優先されている。
 ただし、政党は「正義面」で自己主張しなければならない。
 その「正義面」、本当に国家・国民のためになるのか、その検討の場が国会には存在しない。
 一般的に野党は、正義面で政府非難で点数を稼いでいるようであるが、これは与党の評判を落とすことで、相対的に自己の地位が変化することで、政権担当の機会が訪れることになるが、これは「ゲーム理論の理」に反する。

 与党・野党共に上を目指す、そういうシステムを考えなければならない。
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  上記現国会(与野党交代の場合)  

 ⇧   ⇧  現国会改革案 与野党共に、このようないステムを考えるべきである。

 そこで非難だけでなく、ゲーム理論の立場から新たに「政党政治改革論」を提案したい。
 まず国民が首相を直接選ぶ、「首相直接選挙制度」を提案したい。
 各政党は、党人または外部からの「しかるべき人」を選んで「首相候補者」とする。
 これは、野党にとっても不利な提案とは思えない。野党にとって、非常に有利な提案である。
 現在の野党一党だけで、全議員の過半数を獲得するのは、至難の業であるが、ある野党(あるいは複数野党)の推薦する「首相候補者」が選ばれる可能性はかなり高い。
 ただしここで「首相直接選挙」「人気投票」にならないための工夫が必要である。
 各首相候補者は、「基本政策」を千文字以内にまとめ公表する。
 次に仮に「政策管理委員会」と名付ける組織が、各「首相候補者」に対し、「基本政策」について「質問書」を出し、回答を求めるのである。
 それは、「基本政策」以外にも、「憲法改正」「原発稼働」「ダム建設」「自衛隊」「日米安保条約」「尖閣諸島」「社会保障」「税金」等多項目になると思われるが、各「首相候補者」に同じ質問書を提出し、回答を求めるのである。
 そして各「首相候補者」同士は、選挙戦の半年前を最初として(米国のように大統領選挙に長期間費やすのも、どうかと思われる)、「政策管理委員会」による質問に対する回答について、「異なる回答事項」について「相互質問」を開始する。
 そうすれば各「首相候補者」の「基本的国家政策の相違点」が浮びあがり、「人気投票」でなく、「政策的」に国民はどの候補者を選ぶべきか判断しやすくなるであろう。
「キメツケ論」「正義面の絶叫!」「批判で票を集める」を避けることができるだろう。

※ 首相に選ばれた人は、「内閣総理大臣」として内閣府に所属し、党籍を
  離れるものとする。
※ 「内閣総理大臣」は、国政に専念するため、常時国会に出席する必要はない
  内閣総理大臣の判断で、必要と感じた時だけ出席すれば良い。
  (これは現国会でも直ちに実行してよい)。
※ 各国務大臣は、党籍に関係なく、内閣総理大臣の指名により就任できる。
  各国務大臣は、内閣総理大臣の命令・指示に従うことを宣言しなければ
  ならない。
※ 各国務大臣は、国会に出席する義務を有す。
※ 各国務大臣の任免権は、内閣総理大臣のみが持つ。
※ 内閣総理大臣の任免権は、天皇陛下のみが持つ。
※ 国会は、内閣府に干渉しないものとする。
  国会は、憲法を含め法律制定すなわち「立法」に努力を傾注する。
  すなわち現在の「政治機構」は、「行政」と「立法」があまりにも密着
  し過ぎている
※ 現在の「政党政治」は、どこの国でも悪い面が出過ぎている
  (日本も例外でない)。ただ「独裁政治を否定」するから、「政党政治」が
  存在しているだけの意味でしかない。
  このような状態に対して「議会制民主主義政治」とは言わず、あえて
 「政党政治」とよんでいる。
※ 最後に一番凄いことを申し上げる。
  国会で議論質疑応答は実施し、「未来予測」までするが、
  採決は実施しない。
  若干の個所を修正した案を決議し、内閣府が実行するだけのことである。  これは現野党にとって、極めて有利な案である。
  このような首相直接選挙により、政権を担当した政党は議会内では、必ず  しも多数派であるとは限らない。政権担当政党は、独自の政策を実行し、
  その信を国民に問えるのである。
  これは「独裁政治」に近いものになるが、この案の「プラス・マイナス」
  については次に述べる。
 故に本提案は、「独裁政治」「政党政治」に代わる第3の「政治機構」       を提案している。 
 なお「司法」に関して死刑の判決後、その「死刑執行」は現在のように法務大臣でな く、「最高裁判所長官の命令書」で執行する。
 ただし「韓国の金賢姫」の例のように、高の政治性が求められる者は、内閣総理大臣の管轄下に置くことが出来る。
 また裁判に「高度の政治性」を有する事案は、「司法」「行政」を分離する意味でも、「裁判には、なじまない高度の政治的議案である」と審議を拒否できる。

 「独裁政治」にも「政党政治」にも、「良いところ」も「悪いところ」もある。
 これまでの提案は両者の「良いとこ取り」のつもりである。ただし、「良いとこ取り」が必ずしも良い結果を招かないが、検討するだけの価値があるだろう。
 内閣総理大臣の責任は内閣総理大臣一人の責任でない。
 これを選んだ国民側にもある。
 民主主義とは、多数決で決するものである。
 多数の国民が、内閣総理大臣に政治を委託したのである。
 この提案は「内閣総理大臣の独裁政治」に近い政治にあっても、国民は次の選挙で 内閣総理大臣を選ぶことが出来る。このような政治機構でこそ、「国家存亡の危機に対 応できる政治形態」と思われる。
 また内閣総理大臣は、選挙前に「政策管理委員会」からの「質問書に対する回答」とは 異なる政治を行わなければならない事態が生じることがある。それはやむを得な いが、その場合「政策管理委員会からの質問」を受けることになる。そして内閣総理大 臣は、その質問に対し、国民の前で誠実に答えなければならない。

 「独裁政治」とは、法律にないことを実行でき、極秘に人を逮捕・処刑することも出来る。そして任期もはっきりしない。これが「独裁政治」の簡単な定義でもある。

 本内閣総理大臣は、絶大な権力を持つが、法律にないことはできない、極秘に人を逮捕・処刑もできない、任期がはっきりしている。故に、独裁政治とは言えない。

 なお内閣総理大臣の任期は、「2期6年」とする。ただし、この「2期6年」の後、3年休み、次の選挙では改めて「首相候補」として立候補できる。
 「1期3年」にしたのは、国民の判断が誤った場合を考察しての期間である。
 3年では、「良い政治」は行われ難いが、6年ならかなりのことが出来る。
 これまでの提案、いろいろ問題もあろうが、「たたき台」であって、これを一つでも検討できれば、日本の政治が一歩良くなるであろう。
 他にも「政党政治改革論」、意見を提出する人が多く出ることを望む。

若干の補足説明

 政権担当政党が、国家のために必要とした議案について、国会内で「賛成」「反対」の議論はあるのは当然として、最終的に多数決で決定するを原則としている。この「多数決が正しい」という保証などどこにもない。
 この案では、政権担当与党は、「この法案は国家のために絶対必要」と判断した場合、国会内外の議論において賛否多数に関わらず、政権担当政党の全責任で法案を成立させ、実行出来る所に最大の特徴がある。
 そして「この法案」が政権担当与党の判断で成立し、実行した場合、後日日時を決めてその時の「賛成論」「反対論」「懸念」等を参考にして「政策評価委員会」が成果を評価すればよい。そしてその評価文章の最後に「この評価は公正である」という一文を付けなくてはならない。
 「政策評価委員会」の評価がどうあれ、次の3年後の選挙で、評価するのは国民である。
 これは現野党にとって、極めて有利な提案と思われる。
 何故ならば現野党が、自己の推薦する首相が国民投票で選ばれたとしても、議会では弱い立場にある。しかし政権党の信じる政策を実行し、3年後国民に信を問えるのである(ここが独裁政治と異なるところである)。
 そしてそれが国民の信任を受ければ、更に次の3年後も政権を担当できるのである。
 ただし現在では、野党の「政府批判」ははっきりしているが、「野党の主張」がほとんど見えてこないシステムになっている。
 全世界で野党が与党を「批判・反対」しているだけで、国益に寄与していない「政党政治」の悪い面が出過ぎていることを指摘しているのである
 国家は必ず、空港、港湾、ダム、道路、生活基礎施設、公共施設、更に国防・治安・防災・消火・外交・貿易・経済・文化・防疫・税金等の諸事業にも関与しなければならない。
 これらはすべて「大多数の利益に貢献」するものである。
 そこには一部住民の「絶対反対!」の声が大きく、「賛成論」の声が小さいのも現実の姿である。
 これをどう処理すべきか? 
 これをまだ誰も検討できないようである。
 そこで我田引水であるが、諸外国と公正に比較し、ゲーム理論で検討し、「意見交換」「相互質問」「未来予測」を実施し、「プラス・マイナス」「重軽」等判断し、反対の人たちの声も参考に事を進めるしか方法が良いと思われる。
 「単品正義」「自己エゴ」による「絶対反対!」を否定せざるを得ない。

この議案 検討できる人いでよ
     頂上目指せ 不二山の国
 この議案、更に検討して、民主主義の先進国である英国に意見具申してくれる人が現れることを期待する。