朝日は日本の反面教師

 この「HPの目的」は、「国家を一歩良くする」ためにあり、その結果として諸外国から「日本は良い国として、評価を上げる」ためにある。
 対照的に朝日新聞には、「国家を一歩良くしよう」という感性がなく、「日本は悪い国である」と国内外に印象付けることが、朝日新聞の基本姿勢と思われる。
 (毎日新聞も同様である。特に毎日新聞の海外英語版は「日本は悪い国」という印象を与えるために作っていたと指摘されている。)
 ただし朝日新聞は、正義面で「日本は悪い国」と主張している。
 その正義は、現政権・現体制を破壊した後、「理想の国家を建設する」という崇高な理念の持っているから(らしい)。
 故にその主張は、現政権批判、日本の評判を落とす、そして現政権打倒という主張で紙面が占めている。
 一方、朝日新聞独自の旗印は、高い理想を掲げている。国家を破壊後、その理想が実現する補償などどこにもない。
 朝日新聞は、日本を支配下に置こうとしている中国と主張が一致している。 
 結果として朝日新聞は、「国を憎む心」があっても「国を愛する心」がない。
 戦後(日本独立以降)朝日新聞は、どんな主張をしてきたか? ぜひ検証して頂きたい。

「日本を敵」と見ている朝日新聞は、日本から見れば、「朝日は日本の敵と言える(なお、KAZUYA Channel では、「朝日は国民の敵」と発言しているが、意味は同じと思われる)。
 日本を敵とみている朝日新聞の社説は、「敵(日本)に塩を送る」道理がないから(日本を良くしようとする 心がないから)、一見どのように良く見える社説であっても「真(裏?)の狙い」は「日本を悪くする」(日本の評判を落とす)ことにある。
 日本を敵とみている朝日新聞の社説は、当然「反面教師」になる。
 朝日新聞が何を主張しているか、その主張の「逆解釈」して、ほぼ間違いない(朝日新聞が懸念していることは、「そのような心配をしなくてよい」という意味である。例えば、「軍国主義が復活する!」(なるほど戦後日本に軍国主義が復活することはないのだな)、「自衛隊ができると戦争になる!」(そうか、自衛隊できて戦争になる心配はないのだな)、「9条を改正すると日本は戦争になる(そうか、平和と独立のために憲法を改正する必要があるのか)と逆解釈すればよい)。
 ここで、「日本を愛するケント・ギルバート氏」が「日本を愛しない朝日新聞」に、「慰安婦の英語表記」について、抗議したのは当然と思われる。
 K・ギルバート氏の主張する「forced to provide sexという表現は適切でなく、「別の英語表現」を提案しているが、朝日新聞は「英語表現に関する申し入れに(日本の評判を落とすことが朝日新聞の目的のため)応じることはできません。」と解答した。(:カッコ内は筆者が記入したもの。)
 これは、「日本は悪い国として、外国からの評価を下げる」ことが朝日新聞の大方針である以上、当然の解答であろう。
 なお筆者は、英語があまり得意でないが、「forced to ~」は辞書によれば「強制的に~させる」という意味がある。受け身なら「強制的に Sex させられた」という訳になるが、メディアでは一般的に「性行為を強要された」と訳しているようである。いずれににしても日本にとって名誉な表現でない(朝日新聞にとって適切な表現になるのであろう)。
 そして現在でも合法でないが、世界各国(日本・韓国・米国含む)で「遊女(売春婦)」が存在している。
 昔も今も建前はどうあれ、現実に存在しており特に日本軍だけを非難すべき理由はどこにもない。  
 
 「国内外で日本の評価を上げたいケント・ギルバート氏」と
 「国内外で日本の評価を下げたい朝日新聞」に対し、K・ギルバート氏に軍配を上げざるを得ない。

ケント・ギルバート

朝 日 新 聞

 なお「ゲーム理論」は、原則中立である。
 すべての国の「愛国心」を認め、「自国エゴ」を否定する「ゲーム理論」の「この軍配」に「行司差し違え」などある筈がない。
 ただし、「物言い」は受け付けます。朝日新聞さんどうぞ…。

慰安婦の強制連行、する必要性がない

 何か「超特別」なことを実行するのは、どうしても、そうしなければならない必要性がある場合に限られる。
 もし慰安婦問題、最初から「ゲーム理論」で検討しておれば、問題にもならなかったし、ここまで大きな問題にならなかったであろう。
 今かられも遅くない、筆者は誰とでも(朝日新聞でも、反日でも、韓国でも)「意見交換」「相互質問」に応じます。朝日新聞さん、反日さん、韓国さん、どうぞ…。
 朝日新聞は、30余年間にわたり渡り、「吉田清治虚言(慰安婦の強制連行)」について書き続けてきた。
 ここで筆者は、「ゲーム理論」の立場から「強制連行」など、「ある筈がない」と考えていた。
 「強制連行」、必要がないからである。
 当時「遊女(売春婦)」は、欧米でも「飾り窓の女」に見られるように、政府公認の「女性の職業」だった(違法性はない)。
 「遊女」が一番苦労するのが、「客引き」である。
 「遊女」自らが「客引き」もするが、大部分は第3者に「客引き」を依頼する(せざるを得ない)。
 「慰安婦」には、その必要性がない(当然その気になれば、稼げるという意味である)。
 だから「遊女」が、「客引き」もなく、より稼げる「慰安婦」を希望するのは当然であろう。
 そして「慰安婦」は、日本人女性が大半であり(正確な数字はないが)、そして「元遊女」だった。
 「慰安婦」は、下士官(伍長)の10倍以上も稼いでいた。
 なぜこれが、「性奴隷」なのだろうか?
 そのため朝鮮では、「朝鮮人の遊女」および「両親」が希望し、そして業者が殺到した。
 「強制連行」などする必要性はないが、当局(軍)も放っておくわけにもいかない(以下、当時の言葉「朝鮮」を使う)。
 その目的は、あくまで「慰安婦の保護」が主目的であり、次いで「業者の違法な勧誘(行動)」を規制することにある。

 戦場においては軍は、慰安婦と業者の「適正な利益配分」にも関与しなければならない。
 更に「衛生管理」「兵士の指導」にも軍が関与する必要があり、特に「慰安婦の身の安全」は、軍が全責任を負わねばならない。
 朝日新聞の「慰安婦」に関する非難は、「日本軍のみ」に限られている(朝日新聞の主張を基本としたクワラスラミ報告も、日本軍のみの「慰安婦」に対する非難である)。
 「ゲーム理論」は、主要国の軍隊と日本軍との「軍隊と性の問題」について比較し、考察する。
 このように「遊女」が政府公認の職業であった時代に(違法性のない時代に)、主要国軍隊と日本軍と「この問題に」について考察した場合、
  「日本軍が一番マシ
と結論づけられる(マシ:いいとは言えないが、他とくらべれば少しはいい。例:ないよりマシだ)。
 朝日新聞は、この「いいとは言えない」部分に着目して、日本軍のイメージダウンのため「吉田清治虚言(慰安婦の強制連行)」を書き続けてきた。ついに「吉田清治の講演・著書」が虚言であることを渋々認めざるを得なかったが、今も「慰安婦の強制連行」は、朝日新聞にとっては、なくてはならないものであり、今も書き続けている。
 朝日新聞が、「ゲーム理論」を研究すれば、これまでの記事の殆どすべてを修正せねばならないであろう。
 2005(H17).10.12 「ゲーム理論がノーベル賞を受賞した記事」(報道すべき義務のある記事と思われるが)、朝日・毎日のみが報じなかった例でも分かるように、朝日・毎日は「ゲーム理論」を無視して初めて自身の記事が書けるのである。
 なお「職業」について昔も今も、第一希望で「その職業」に就けるわけでない。
 第2第3あるいはやむを得ず「その職業」に就いた人の方が大多数と思われる。
 「遊女」は、やむを得ず「その職業」に就いた人が大部分の職業である(他にも多くあるが…)。
 下水処理、汚物処理、家畜殺傷処理に従事してくれる人がいるからこそ、我々は快適な生活が送れるのである。我々は、これらの人々に感謝しなければならない。
 職業には、当然「強制」が付きものである。
 慰安所の慰安婦が「Sexを強要された」、汚物処理会社の社員が「汚物処理業務を強要された」、新聞社の社員が「野外で1日中待機を強要された」、これらの「強要」は従業員として当然と思われる。
 当時、日朝併合時代(植民地時代でない)、日本人と朝鮮人の「職業差別がよくない」という時代である。「慰安婦」の中に「朝鮮人 慰安婦」が混ざるのは当然である(慰安婦の中に、朝鮮人慰安婦が一人もいなら、その方が問題である)。
 そして当然のことながら軍隊の中に「朝鮮人 軍人」が混ざっていたのであり、中には「洪思翊 中将」という「朝鮮人将官」まで存在していた。なお朝鮮人将官は他にも数人いた(ただ「洪思翊 中将」は日本人として現地で処刑されたため、氏だけが特別有名である)。
 注:イギリス軍にインド人将校も、まして将官なども存在しない。ただし、アイルランド出身の将校・将官がいただろうことは容易に想像できる。
 軍隊に「朝鮮人 将校・中将」が存在する、慰安所に「朝鮮人 慰安婦」が存在する、大企業に「朝鮮人 労働者」がいる、軍艦島に「朝鮮人 労働者」が存在する。
 当時なら当然のことであり、存在しないことの方が問題である。
 もし「河野談話」でいう「意に反して」を一般企業当てはめれば、日本は崩壊するしかない。
 労働者はすべて(政治家も含め)、「意に反して仕事をしなければならない」ことがある。

 先に記述したK・ギルバート氏は、朝日新聞が慰安婦誤報記事について、「海外向け英語版」で、英語表現がどうなっているか調べてみたが「どおうしても見つけられなかった」と発言した。
 それに対し山岡鉄秀氏が、朝日新聞が「慰安婦誤報記事」を英語版で検索できないようにする「メタ
タグ」が組み込まれいることを発見した。
 朝日新聞は、直ちに「メタタグ」が組み込まれていることを認め訂正し、謝罪した。 そして「メタタグ」は故意でなく、「作業ミスでそうなってしまった」と説明したが、誰も「その説明」に納得している人などいない。
 もし「作業ミス」ならば、「重大なミス」である。当然責任者は、「処罰の対象」になると思われるが……。責任者は処罰されたのだろうか?
 つい熱が入り長くなってしまったが要するに、「ゲーム理論」で検討すれば、「慰安婦の強制連行」など当局(軍)が「実行する必要性がない」のであり「吉田清治虚言 慰安婦狩り」など記事に値しない「デタラメ事項」だとすぐ判るはずである。
 故に、この種人間の証言など「全部デタラメ」と言っていいだろう。
 「必要性があるか? ないか?」まずこれを検討すべきである。
 なお、吉田清治が、自身が経験もしていないことを堂々と講演会で主張するその心理状態を、心理学者の研究対象にして欲しいと願う。

必要性のないことは実行しない(南京問題)

 何か「特別のことを実行する」のは、必要性があり、成功の見込みがある場合に限られる。

 中国政府および朝日新聞が宣伝してきた「南京30万人虐殺説」など、「ゲーム理論」で検討すれば、当時首都だった南京住民全員30万人を殺害する必要性もないし、出来ないし、殺害して何の利益も期待できない。そして30万人を殺害する「作戦計画」など幕僚が作成・進言し、指揮官が決心し、実行するなど考えられない。
 逆に、「南京住民30万人皆殺しするには、どんな作戦計画を立てなければならないか?」と考察してみれば、もっとよく解る。
 先ず南京を完全包囲しなければならない。
 次いでその包囲網を「鼠一匹逃さない」体制で縮めていき、最後に皆殺しにしなければならない。
 一方住民は、床下・屋根裏・路地・倉庫等に身を隠し、逃げ回る筈である。
 例えば「忠臣蔵」において、屋敷が大きいと言え、最後の一人を探し出すのに47人でずいぶん時間を費やした。
 こう考えれば、住民30万人殺害するには、少なく見積もっても、その数倍の兵力が必要になる。
 そんな兵力は、日本軍にない。
 次に住民を皆殺しにした後で、その死体をどう処理するかの問題が残る。
 こう考えれば、これら一片の事実も確認できない。
 故に「南京住民30万人殺害説」など、「必要性がない」「利益がない」「出来ない」などの条件が揃っており、真赤なウソ」であることがはっきりする。
 朝日新聞は、「南京事件30万人虐殺説」を垂れ流してきたが、過去のこの種記事を訂正し、謝罪する必要があると「ゲーム理論」の立場から筆者は進言する。


必要のないことは実行しない(毒ガス問題)

 何か「特別のことを実行する」のは、必要性があり、成功の見込みがある場合に限られる。

 昭和59(1984)10月31日付、朝日新聞は、第一面に入道雲のようにもうもうと沸きあがる煙りの写真とともに、「 これが毒ガス作戦 と元将校」「当時の日本軍部内写真を公表」との大見出しのもと、「毒ガス作戦」を報じた。


 当時我が家は、朝日新聞を購読していた。この記事を見た瞬間、「この記事は間違っている」と直感した。
 何故ならば、若干の軍事知識と「ゲーム理論」の立場から渡河作戦に「毒ガスを使う必要がない」「毒ガスは使えない」と判断したからである。
 そもそも「毒ガス」とは、第一次世界大戦で両軍が「塹壕戦」に突入したため、膠着状態になり
「西部戦線異状なし、戦死約1名」、この状況を打開するため、初めて「毒ガス」が大規模に使用された。
 すなわち「毒ガス」は、「塹壕戦」や「密室」のようなところで使用するのが有効で、広大な大平原で使用するものでない。
 大戦後、「毒ガスの残虐性」が指摘され、「国際使用禁止兵器」になった。
 ただし万一、敵に使われた場合を想定して、抑止力として、各国に毒ガスの製造・保管および「防毒マスク」の配布は認められていた。
 そして「毒ガス」は、すべての国で「万一漏れれば大変なことになる」ので「厳重保管」されていた(日本も例外でない)。
 まず「国際的使用禁止兵器」である「毒ガス」を使用するには、陸軍大臣の許可が必要であろう。そこで一地方作戦ごときで陸軍大臣が、「毒ガスの使用許可」など出せる道理がない。
 「毒ガス」は「塹壕戦」で有効だが、渡河作戦には「使う必要がない」「使えない兵器」である(「防毒マスク」をつけて、渡河作戦など出来ない)。
 ただし「煙」は、「渡河作戦」には「有効な兵器」になる。
 自軍で使用すれば、われの士気を高め、敵に恐怖心を与え、風が敵陣に向かえば「目つぶし」になる。
 朝日新聞の解説によれば、自陣営で「毒ガス」を使用している。アホ化!
 この写真の煙を見て「何の煙か?」推定できる人は、自衛隊内でも極少数だろうが、「毒ガスでない」ことだけは確実に断言できる(毒ガスは、無色透明、空気より重くなければならない)。故に、この元将校Aは「ニセモノ」に違いない。
 最終的に朝日新聞は、産経新聞の指摘により、この写真の煙を「毒ガス」でなく「煙」であり、場所も違うことを認めたが、謝罪の言葉はなかった。
 元将校Aおよび一橋大学の某教授のごときこの種人物の証言は、「吉田清治偽証言」と同程度であり、「デタラメ」であることが、「ゲーム理論」で検討すればすぐ判る。
 朝日新聞は、「旧陸軍は、このような悪業をしてきた」と報じたくて報じてきたが、「諸外国と日本軍との比較」そして「そんなことをする必要性があるのか?」と、「ゲーム理論的」に検討してみれば、これなど「信用に値しないガセネタ」とすぐ判断できたであろう。
 この記事自体が、国内外で「日本の評価を下げる」という目的(感性)で掲載したものと思われる。
 これを機会に、我が家では朝日新聞を止め、産経新聞に切り替えた。

検 討

 これまでの記述は、「ゲーム理論」を基礎としているが、朝日新聞に対する批判・非難ばかりであった。
 何故ならば、朝日の社説・主張と、この「ゲーム理論」の原則論(国内外で日本の評価を上げよう姿勢 対 国内外で日本の評価を下げよう姿勢)が真っ向対立しているからである。
 そこで「ゲーム理論の見解」と「朝日新聞の見解」との大きな違いを比較してみよう。
 「ゲーム理論」は、「二つのもの」を比較して軍配を上げている。
 先ず「ゲーム理論」は、日本に軸足を置き、「日本が一歩良くなる」ことを目指している。
 一方朝日新聞は、「日本を破壊の後、日本を立て直す」ことにあるように思われる。
 故に朝日新聞には「日本の破壊」が第一優先で、「日本を一歩良くする感性」は感じられない、 そして「日本軍の悪行」「日本のイメージダウン報道」が多くみられる。
 「ゲーム理論」は、その報道の大部分が「ゲーム理論の理」に合っていないことを指摘している。
 このように、「朝日新聞の主張」が将来の日本のためになるとは、とても思えない。

 故に朝日新聞に対し、批判・非難が多くならざるを得ない。なお「ゲーム理論の見解」は、このHPで多く示している。
 結論として、
 朝日新聞が、「徹底的に叩いているもの」が日本のために「良い」ものである。
 朝日新聞が、「熱烈に擁護しているもの」が日本のために「悪い」ものである。
 朝日新聞の過去の社説・主張・記事から、そう断定できるだろう。ぜひ検証して頂きたい。
 「朝日新聞が、何を主張しているか」、その逆を日本の国策として採用してほぼ間違いない。
 なお筆者は、朝日も毎日も同程度とみる。
 ただNo.1 とNo.2との違いで、No.1の方が叩かれているに過ぎない(毎日新聞についての記述は、省略する)。

 朝日紙ぞ 反面教師 ここにあり
      誤り多し 過去を思へば
対比
 この理論 国家政策 ここにあり
      過去誤りの なしと思へば
 朝日新聞さん、筆者の主張する「意見交換」「相互質問」に応じて貰えませんか?

 朝日新聞の記事・社説に何故誤りが多いのか? それは「正義面」であっても、理念(基本的考え方、悪の判定)が根本的に間違っているからである。そして反省と検証が全くないからである。